(2)北手宮小学校
1日目の午後は予定通り長橋なえぼ公園へ。駅前のバスの案内所で聞いたら、本局前(郵便局の前)からオタモイ行きか梅源線に乗ればいい、と教えてくれました。バスの路線図は持っていたのですが、乗り越してしまって、気づいたら「次は北手宮小学校」とアナウンスがあって、あっ、しまった、と思ったら小学校も過ぎてしまって、あわてて次の梅ヶ枝町で降りました。
ここまで来てしまったら、北手宮小学校に戻って、2月に入れなかった雪まつり資料館を見ようと思い、小学校に向かいました。2月に来た時は雪まつりの記念碑の周りは雪がいっぱいだったのですが、今は花に囲まれていました。
この記念碑のことは、次のページに詳しい解説があります。
『月刊アイワード』 北の記念碑14 雪まつり発祥の地碑
(雪の中の記念碑の画像は今年2月に行った時のものです。駅前に並んでいるタクシーに乗ったら、なんとその運転手さんがこの学校の卒業生だということで、いろいろ昔の様子を話してくれました。その運転手さんが通っていた頃はクラスごとに雪像を作って競ったけれども、今はクラスが減ってしまって、学年ごとに作っているようだ、というお話でした。)
職員室をたずねたら、教頭先生が2階の資料館の鍵を開けてくれました。夕方までなえぼ公園でのんびりする計画でしたので、ここは30分ほど見学しました。雪まつりの古い資料や昔のスキー板、民具、学校の印刷物などが展示されていて、ここだけで半日過ごしてもいいくらいでした。
その後、小樽市教育委員会から小学校適正配置案が発表されました。この北手宮小の学区は高島小と手宮西小の学区に編入するという計画のようです。北手宮小は廃校になるのでしょうか。立派な歴史のある学校が消えてしまうのは、かりそめの観光客にとっても寂しい思いがします。
(2003年2月15日に写した画像を追加しました。)
その後、小樽市教育委員会は2005年9月、「小学校適正配置実施計画(案)」の取り下げを決めました。ですから、今日開催された第71回の伝統の雪まつりが "最後の雪まつり" ではありません。
いつか北手の雪まつりを見てみたいという私の願いは、来年以降につながることになりました。
紆余曲折を経て2016年4月、手宮小・手宮西小・北手宮小が統合されて旧手宮小の地に手宮中央小が開校しました。北手宮小の廃校に伴って雪まつり資料館も閉館し、展示されていた資料は小樽市総合博物館に引き継がれたそうです。
私は、2003年2月から2008年2月までの間に何度か北手宮小を訪ねました。
2007年2月10日に撮った校歌です。当日のようすを次のところに書きました。
● あの夏の、絵日記の続きを書こう...「今日は北手の雪まつり」